一人ドライブがすき

 以前、一度だけポスティングの仕事を受けたことがある。6月だか7月だかの、夏の暑い日のことだ。

 指定されたのは車で片道3時間の距離にある、海沿いの市街地だった。1人で車を運転し、長距離の移動をするのはそれが初めてだった。

 事故に合わないか、道はあっているかと四苦八苦しながら、お気に入りの音楽に耳を傾けた。安全運転で柔らかくアクセルを踏んで、焦れた後続車が私の車を追い越していくのを見送った。

 トンネルをくぐって、峠を越えて、見慣れない風景が増えていく。道路に沿うように並ぶ木々が斜めに傾き始めてくると、海が近づいてきた合図だ。

 窓を開けるとさわやかな風が吹き込んで、まとめていた髪の毛が暴れる。涼しいな、なんて呟きながらハンドルを切ると、突然視界が開けた。道路脇に植えられた木々の列が途切れて、青空の面積が広がった。ひんやりとした風にほのかな潮の香りを感じた。

 胸の奥から喉元にこみあげてくる感覚があった。こしょこしょと内側からくすぐるような、柔らかな高揚感。1人で、こんなところまで来られた。そう実感すると同時に、私は「海だぁ!」と大声を上げたのだ。

 あの時の興奮は、誰かと一緒だったら味わえなかっただろう。

 

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